アメリカ南西部、ニューメキシコ州の田舎町ロズウェル。人口5万人ほどのこの町が、なぜ世界中のUFOファンにとって「聖地」と呼ばれるようになったのか。きっかけは1947年に起きた、たった数日の出来事でした。今回は、そのミステリーの全貌と、実際に現地を訪れる際に知っておきたいポイントをまとめてみます。
1947年、牧場主が見つけた謎の破片
事の発端は1947年6月、ロズウェル近郊の牧場で働いていたW.W.(通称「マック」)ブラゼルという人物が、見慣れない破片を発見したことでした。素材はアルミ箔のようなもの、ゴム片、木の棒など。当時のアメリカでは「空飛ぶ円盤」ブームの真っ只中で、各地で「怪しい飛行物体を見た」という目撃報告が相次いでいた時期でもあります。
ブラゼルは翌月になってこの破片を地元の保安官に持ち込み、話はロズウェル陸軍飛行場(RAAF)にまで伝わります。すると軍は「牧場から空飛ぶ円盤を回収した」という、今から見ればかなり大胆な発表をしてしまいます。地元紙ロズウェル・デイリー・レコードは1947年7月8日、この発表をそのまま「RAAF、ロズウェル地区の牧場で空飛ぶ円盤を捕獲」という見出しで報じました。
一夜にして「気象観測気球」へ
ところがその翌日、軍は一転して「あれは気象観測用の気球で、レーダー反射板が付いていただけだった」と説明を修正します。バルサ材の骨組みに金属箔を貼り付けた、レーダー用の的のような装置だったというのです。地元紙もこの訂正を報じましたが、記事に登場したブラゼル本人は「あれが気象気球だったとは思えない」と納得していない様子でした。実際、彼が最も不思議に感じていた破片の一部は、このレーダー反射板由来だったのではないかとも言われています。
この一件はその後しばらく話題から消え、忘れられた事件になっていきます。UFOへの関心自体は続いていたものの、「ロズウェル」という固有名詞が再び脚光を浴びるのは、それから30年以上先のことでした。
1980年代、陰謀論に火がつく
転機になったのは1980年に出版された『The Roswell Incident』という書籍です。著者のチャールズ・バーリッツとウィリアム・ムーアは、気象気球という説明を「隠蔽工作」だと主張しました。本来の残骸はオハイオ州のライト飛行場(現ライト・パターソン空軍基地)に運ばれ、代わりに気象気球の残骸が「急遽用意された」というのが彼らの主張です。この本自体には多くの反論もありましたが、以後さまざまな陰謀論や偽情報を呼び込むきっかけになりました。
代表的なのが1984年に出回った、通称「MJ-12」と呼ばれる機密文書です。トルーマン大統領がロズウェル事件対応のために極秘部隊を組織した、とする内容でしたが、後にこの文書自体が偽物だと判明し、そもそもMJ-12という組織が存在した証拠も見つかっていません。さらに1995年には、ロズウェルで回収されたとされる「エイリアンの解剖映像」なるフィルムまで登場しますが、これも制作者本人が後に「偽物だった」と認めています。
皮肉なことに、こうした偽の情報が次々と暴かれるたびに、かえって世間の関心は高まっていきました。
実際の正体は「モーグル計画」だった
では実際のところ、あの破片は何だったのか。答えが公式に明かされたのは1994年のことです。アメリカ空軍は、回収された残骸が「モーグル計画」と呼ばれる極秘プロジェクトの気球によるものだったと発表しました。これは気象観測とはまったく別物で、ソ連の核実験を高高度から探知することを目的とした軍事偵察プログラムでした。つまり「気象気球」という当初の説明自体も、実は本当の目的を隠すための表向きの理由だったわけです。皮肉にも、陰謀論者たちが主張していた「政府による隠蔽」自体は、ある意味で的外れではなかったことになります。ただしその中身は宇宙人ではなく、冷戦下の対ソ諜報活動だったのです。
「エイリアンの遺体」の正体を調査した空軍報告書
破片の謎が解けても、「近くでエイリアンの遺体を見た」という目撃証言は根強く残っていました。これについて1997年、アメリカ空軍は「The Roswell Report: Case Closed」と題した詳細な調査報告書を発表しています。
この報告書によれば、目撃者たちの記憶は複数年にわたる別々の出来事が、時間の経過とともに「1947年の数日間の出来事」として一つに重なり合ってしまった可能性が高いとされています。具体的には、次のような実際の出来事が混同されたと考えられています。
- 高高度気球を使った研究で投下されていた、人型の実験用ダミー人形
- 1956年に発生したKC-97輸送機の墜落事故(乗員11名が死亡)
- 1959年に起きた有人気球実験の事故(パイロット2名が負傷)
つまり、砂漠で目撃された「奇妙な人型のもの」は実験用ダミー、慌ただしく現れた軍関係者はダミー人形の回収作業をしていた部隊、というのが報告書の結論です。もっとも、こうした公式説明に対しても「政府が本当のことを隠すための後付けの説明ではないか」と疑うUFO愛好家は今も少なくありません。
それでも「UFOの街」としての人気は健在
真相がどうであれ、ロズウェルはこの事件によって世界的な知名度を得ました。1992年には International UFO Museum and Research Center(国際UFO博物館)が町にオープンし、1996年からは毎年恒例のUFOフェスティバルも開催されるようになっています。今ではロズウェルの経済にとって、UFO観光は欠かせない存在になっています。
旅行者向け:ロズウェルを訪れるなら
もしニューメキシコ州を旅する機会があれば、ロズウェルは少し寄り道する価値のあるスポットです。
- International UFO Museum and Research Center:町のメインストリートにある博物館で、事件当時の新聞記事や関連資料、映画的な展示までそろっています。ロズウェル観光の定番と言える場所です。
- UFOフェスティバル:例年、事件の起きた7月前後に開催され、パレードやコスプレイベント、講演会などで町全体が盛り上がります。訪問時期を合わせられるなら、かなりユニークな体験になるはずです。
- 町の雰囲気そのもの:街灯や看板、ファストフード店の看板までエイリアンモチーフになっているなど、町全体がテーマパークのような空気をまとっています。写真好きにはたまらないスポットが多いエリアです。
ロズウェル単体では大きな都市ではないため、アルバカーキやサンタフェなど周辺の見どころと組み合わせた周遊プランにするのがおすすめです。
まとめ
ロズウェル事件は、1947年の小さな報道の混乱から始まり、1980年代の陰謀論ブームを経て、1994年と1997年の公式報告でようやく全貌が明らかになった、アメリカ現代史でも屈指の「都市伝説の成長物語」です。真相を知った上で現地を訪れると、博物館の展示やフェスティバルの盛り上がりも、また違った角度で楽しめるのではないでしょうか。




