映画のチケットを予約するとき、「IMAX」という表示を目にしたことがある人は多いはずです。通常料金より少し高いけれど、なんとなく「画質も音響も一番いいやつ」というイメージを持っている人がほとんどではないでしょうか。実際のところIMAXとは何なのか、なぜ料金が高いのか、そして本場の「本物のIMAX」とはどこが違うのかを、歴史とあわせて整理してみます。
IMAXとは何か
IMAXは、カメラ・フィルム規格・映写機・映画館そのものまでを一貫して手がけるカナダ発の企業、またその企業が作り出した映像フォーマットの名称です。もともとは「Multiscreen Corporation」という社名でしたが、「最大の映像(maximum image)」を目指すという理念から、後にIMAXという造語に改名されました。
普通の映画館との一番の違いは、スクリーンとシアター自体のスケールです。IMAX劇場の大型スクリーンは横幅が約30メートル、縦は21メートルを超えるものもあり、座席もスクリーンを正面から見られるよう階段状に設計されています。スピーカーをスクリーンの裏側に配置するなど、音響面でも一般的なシアターとは異なる作り込みがされています。
誕生のきっかけは1967年のモントリオール万博
IMAXのルーツは、1967年にモントリオールで開催された万博博覧会にさかのぼります。当時、複数のスクリーンを同時に使って映像を投影する実験的な作品がいくつか作られており、そのひとつがロマン・クロイター共同監督の『In the Labyrinth』でした。この試みに可能性を感じた日本の富士グループが、大阪で開催される1970年万博への出展をクロイターに打診します。
クロイターはグレアム・ファーガソン、ロバート・カーとともにプロジェクトを進める中で、複数スクリーン方式ではなく「1台の巨大スクリーンに、極めて解像度の高い70mmフィルムを1台のプロジェクターで映す」という方向に舵を切りました。翌年にはエンジニアのウィリアム・ショーが加わり、フィルムを高速で送り出す独自の真空吸着式映写機構「ローリングループ」を実用化。ノルウェー出身のヤン・ヤコブセンが専用カメラを開発したことで、技術的な土台が整いました。
こうして完成した短編ドキュメンタリー『Tiger Child』が、大阪万博で上映された最初のIMAX作品となります。1971年にはトロントのオンタリオ・プレイス・シネスフィアに世界初の常設IMAX劇場がオープンしました。
教育・博物館向けの時代から商業映画へ
1990年代半ばまで、IMAXは主に科学ドキュメンタリーや宇宙開発、自然をテーマにした短編作品が中心で、上映場所も博物館や科学館に併設された専用劇場がほとんどでした。1994年に投資会社WGIMアクイジションに買収されてナスダック上場を果たすと、経営方針は一般商業映画への進出へと大きく転換します。
その最初の一歩となったのが、1999年公開のディズニー映画『ファンタジア2000』でした。アニメーション長編としては初めてIMAX向けにフォーマットされた作品です。2002年には、通常の35mmフィルムで撮影された映画をIMAXスクリーン用に高精細化する独自技術「デジタルリマスタリング(DMR)」が導入され、より多くの作品をIMAXで上映できるようになりました。
そして転機となったのが、2008年公開のクリストファー・ノーラン監督『ダークナイト』です。大作商業映画として初めてIMAXカメラでの撮影を一部に取り入れた作品で、これ以降ノーランはIMAXフォーマットの最も熱心な支持者となり、デニス・ヴィルヌーヴやJ・J・エイブラムス、マイケル・ベイ、ジョーダン・ピール、ライアン・クーグラーといった監督たちにも採用が広がっていきました。
65mm・70mmフィルムがもたらす圧倒的な情報量
IMAX本来の高画質の秘密は、使用するフィルムの物理的なサイズにあります。撮影には65mmネガフィルムを使い、プリント(上映用フィルム)には70mm幅のフィルムを使用します。フィルムは横方向に送られる仕組みになっており、この横送り方式のおかげで、通常のフィルムよりもはるかに広い面積に映像を記録できます。1コマあたりの実際の画像サイズは69.6mm×48.5mmで、これは標準的な35mmフィルムのおよそ10倍、5パーフォレーションの70mmフィルムと比べても3倍の面積にあたります。
この情報量の多さが、粒子の粗さ(フィルムグレイン)を抑えた、シャープで緻密な映像を生み出しています。ちなみに『オッペンハイマー』(2023年)のIMAXプリントは全長約18キロメートル、重量にして約270キログラムにも達したそうです。
解像度については「10K」「16K」「18K」といった数字がよく取り沙汰されますが、これらはあくまで理論上の推定値であり、実測に基づく確定的な数値ではない点には注意が必要です。フィルムの解像感はレンズや現像処理、撮影時のコンディションなど複数の要因に左右されるため、デジタルのようにシンプルに画素数だけで語れるものではありません。
IMAXカメラは今も世界に数台しかない
2020年代半ば時点で、実際に稼働しているIMAXフィルムカメラはおそらく10台に満たないとされています。巨大なフィルムを高速で送り出す機構は非常に複雑で、カメラ自体が重く、駆動音も大きいのが難点です。この騒音のせいで台詞のあるシーンの撮影には不向きとされ、長らく主要シーンの一部だけをIMAXカメラで撮影し、他の場面は通常フォーマットと組み合わせる撮影スタイルが一般的でした。
ただし2026年公開のノーラン監督作『The Odyssey』では、従来より静音性を高めた新型カメラ「Keighley」が投入され、全編をIMAXフィルムで撮影した初の長編作品となっています。
「IMAXカメラで撮影」と「IMAX用に撮影」の違い
近年の映画クレジットでよく見かける「Shot with IMAX Cameras(IMAXカメラで撮影)」と「Filmed for IMAX(IMAX用に撮影)」は、似ているようで意味が異なります。
前者は実際にフィルム式のIMAXカメラを使って撮影された作品で、『インターステラー』(2014年)、『ダンケルク』(2017年)、『ファースト・マン』(2018年)、『ノープ』(2022年)、『シナーズ』(2025年)などが該当します。
後者は、2020年にIMAXが開始した認定プログラムのもとで、ARRIやRED、ソニー、パナビジョンなど一部のハイエンドデジタルカメラを使い、規定のガイドラインに沿って撮影された作品を指します。『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)や『トップガン マーヴェリック』(2022年)、『デューン 砂の惑星PART2』(2024年)などがこちらに分類されます。デジタルカメラでの撮影が認められたことで、IMAX向け作品の本数自体は大きく増えました。
上映中にアスペクト比が変わるのはなぜ?
IMAXカメラで撮影された映画を見ていると、シーンによって画面の上下に黒い帯(レターボックス)が出たり消えたりすることに気づく人も多いはずです。これは、映画全体をIMAXフィルムで撮影しているわけではなく、縦長のIMAXスクリーンいっぱいに映像情報がある一部のシーンのみIMAXカメラで撮り、それ以外はより横長なフォーマットで撮影しているためです。横長フォーマットの映像には、縦方向を埋めるだけの情報がそもそも存在しないため、結果的に上下が黒く抜けて見えるというわけです。
IMAXシアターにもいろいろな種類がある
一口に「IMAX」といっても、実は劇場ごとに設備のグレードはかなり異なります。
もっとも高品質とされるのが、フィルムをそのまま映写するアナログ方式の「IMAX GT(Grand Theater)」です。真空吸着で高速にフィルムを送り出し、キセノンランプの光を通常の35mm上映よりも長くシャッターを開けて投影することで、非常にシャープで明るい映像を実現します。ただし、この方式に対応した劇場は世界でもわずか30〜45スクリーンほどしかなく、大半がアメリカ国内に集中しています。
現在、世界のほとんどのIMAXスクリーンはデジタル投影方式です。最上位機種の「IMAX GT Laser」は4K解像度のレーザープロジェクターを2台組み合わせて投影する方式で、フィルム上映には及ばないもののかなり高画質です。このほか、より小規模なスクリーン向けの「Laser XT」や「Commercial Laser」といった機種もあります。また、プラネタリウムや科学館向けにドーム型スクリーンに対応した「IMAXドーム(オムニマックス)」もあります。
「LieMAX」問題
一部のIMAX劇場では、既存のスクリーンをそのまま流用し、解像度の低いデジタルプロジェクターを設置しただけの、比較的小規模な設備にとどまっているケースもあります。こうした「名ばかりIMAX」は、映画ファンの間で皮肉を込めて「LieMAX(ライマックス)」と呼ばれることもあります。せっかく追加料金を払うなら、事前にどのタイプの上映方式なのか調べておくのがおすすめです。
旅行の予定があるなら、本物のIMAX GTを探してみる価値あり
世界を旅する機会があるなら、フィルム上映に対応した本物のIMAX GT劇場を目的地に組み込んでみるのもおもしろい体験になります。世界に数十スクリーンしかない希少な設備なので、事前に上映スケジュールと劇場のタイプ(GTフィルム/GTレーザー/一般的なデジタルIMAX)を確認しておくと安心です。同じ「IMAX」の看板でも、体験の質はかなり変わってきます。
まとめ
IMAXは、1967年のモントリオール万博での実験的な多面投影から始まり、大阪万博での単一巨大スクリーン方式の確立、そして2000年代以降のハリウッド商業映画への本格進出を経て、今の姿にたどり着きました。フィルムのサイズや投影方式によって体験できる映像の質は大きく変わるため、「IMAX」という名前だけで判断せず、どのタイプの上映かを意識してみると、映画館選びの楽しみもぐっと広がるはずです。




